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Someday we'll all be free

2011年3月11日から二年が過ぎた。
まもなく、あの大きな揺れを感じた時刻が訪れる。

あの日、失われた尊い生命へ祈りをささげる。

しかし、喪失でありながら、終わりではなくて、まさに、始まりのときがずっと続いているようにも感じる。
終わりが始まり、と感じることは、自然の摂理にかなったことだが。
はじまったまま、その始まりのときを、何度も、踏み直しているようで、もどかしさがある。
けれど、実際は、始まりのときは繰り返されることによって、かつてなく確かなものとなり、そこには、すでに希望が芽生えているのだと、信じたい、そして、それが事実なのだろう。

さて、最近、音楽好きの仲間から、いろいろなアーティストを教えてもらい、初めての曲を聴くことが多かったのだが、舞い戻ってくるように、ふと、私が、今につながる新しい生き方への扉を開くときに、大きな力となり、希望となった言葉を思い出し、そして、その曲を聴きたくなった。


「Someday we'll all be free」
ダニー・ハサウェイ(1945年ー1979年)の曲。邦題では「いつか自由に」。


おそらく八年前。私は「Someday we'll all be free」という曲名(歌詞の一節でもある)をメッセージとして聞いた。アメリカの黒人シンガーの曲で、彼は若くして自ら生命を絶った、ということも含めて。

このときは、まだ、曲を聴くことはなかった。
しかし…この言葉のメッセージから、私は、大きな力と希望をもらう。

何度も、ノートに「Someday we'll all be free」と綴った。

当時の私は、生き難さの限界に辿り着き、まさに、終わりが始まり…のときを迎えようとしていた。
しかし、光を遠くに感じながらも、まだまだ、混沌とした暗闇の中でもがいていた。

頑張ってきた人生もあった。
いろんな人たちの幸せを願って生きてきたはずだった。
でも、苦しかった。

子どもの頃から、家族に心配をかけないように、悲しみや辛さ、淋しさをあらわさないようにしながら、良い子で頑張ってきた。劣等感が強く、そんな自分が、心配をかけないで生きるには、子ども心に家族を守るには、何でもひといちばい頑張ることが必要だ、とも思い込んできた。
他者の悲しみなどのマイナス感情を受けとめることが辛く、自分の感覚や感情を痲痺させて、悲しい気持ちをどこかに飛ばしてしまおう、と思いついたのは、やっと物心つくころだったかもしれない。父の問題で、母が、泣いている姿を小さな私は受けとめきれなかったのだった。

そんな生き方をしているうちに、私自身、いったい、何を感じて、思い、生きているのか、自分自身を失っていく。他者への思いは、とらわれとなって、自分をがんじがらめにしていく。

もちろん…矛盾するかもしれないけれど、私は、そのときどきに、いろいろなものを感じ、思い、考えながら生きてきたのだとは思う。でも、何と言ったらいいのか、それらは私の奥底にただ流れているだけで、そうした生きるための大切なことを、私は、実際に生きてゆく中で使っていくことが出来なくなっていた。



Someday we'll all be free.

いつか、みんな、自由になるんだ。


いつも、みんなに幸せになってほしかった。
自由に生きてほしかった。
周りの人が幸せで、自由に、生き生きとしていることが嬉しかった。

しかし、私は、その「みんな」の中に、自らを、いれることが出来ずにいた。
「みんな」の中に、私は含まれていなかった。

でも、あるとき、私は、自分も、自由になりたい、と思った。
心から。

私も、解放されて、幸せに、自由に生きたい、と思った。

当時のノート
「私にとって、生きることは何だろう。自由に、感じて、表現すること。Someday we'll all be free. 僕らはみんないつか自由になるんだ。all be free. ...」


そう。
私も。私も、一緒に…自由になるんだ、って思えた。
こう思い始めて、私は、遠くに見えていた光に向かって歩みを進めた。
ぐんぐんと。

不思議だけれど。
私は、自由になるんだ、ではなく。
私たちは、みんな、一緒に、自由になるんだ…というメッセージが、私の心の扉を開いたのだろう。
i ではなくて、we であり、 all だった。

みんな、一緒…と言うと、同質化がイメージされたり、異質なものへの排除につながることもあるが。
そういったことではなくて、それぞれ違う個々の尊重を象徴した we であり、all 。
まさに、それが、黒人である彼の言葉の重みであり、私の心に響いた所以だろう、とも思う。


ダニー・ハサウェイ。
彼は、音楽を通して、社会で活躍していったけれど。一方で、変わらず圧倒的な力で、差別が存在する社会の中で、自由を求めて、傷を癒しながら、けれど、癒しきれない傷を抱え、うたい続けたのだろうか。
素敵な曲が沢山ある。



今日、2013年3月11日を迎えて。

いつか、みんな、自由になるんだ。
その気持ちを、いつも…胸に生きたい。

現在、日本にも存在するお金の力を背景にした、圧倒的な暴力。
原発、放射能のことも、そこにつながる問題。

暴力に、暴力で対することでは解決はない。
非暴力のアプローチは、ときに、いつも始まりのときのような、もどかしさを伴うのかもしれないが。
地道に続けていくこと、続けていく、タフさを持っていくことが大切だ、と切に思う。

繊細で、賢明に。
しなやかな境界線を持ちながら。

時に揺れながら。

傷つかない鈍感さなど要らないけれど。
それでも、タフになり。
逞しい非暴力の力を自らの内に、そして、他者と育み合っていきたい。

Someday we'll all be free.

この曲に、このメッセージに出逢えたことに、あらためて感謝しながら。

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マギーB

Author:マギーB
自然を感じて繋がる、人のハートを感じて繋がる生き方で、丸ごと暮らしていくのが夢。私の夢っていう舟に帆をはろう。好きな絵本「わたしのおふねマギーB」。

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