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アゲハ蝶の思い出

今年も、我が家には蝶がよくやってくる。

木のように育ったランタナ。
そして、ガウラがひょろっと、さりげなく、茎をのばし、可憐な花をつけている。
チェリーセージも、まさに、チェリー色の花が盛り。

冬は、まるで、枯れ木のようだったのに。
芽吹いてきたか、と思っていたら、あっという間に緑と花々の色が溢れていた。

ゆらゆら、ひらひらと舞う、アゲハ。
ランタナの花の蜜が、お気に入りのようだ。

IMG_0651_convert_20120709221058.jpg

小学生の頃、母の指導?のもと、アゲハの観察日記をつけたっけ。

実家の庭にあった、サンショウの木の葉に、産みつけられた卵を、ケースに入れて育て、毎日、幼虫が食べた葉っぱの枚数を記録したりしながら、絵日記のように仕立てたもの。

そのとき描いた小さくて、黒、茶色の幼虫の姿、とか。
どんどん食べては、沢山糞をして、大きくなり、色も青々とくっきりとして、堂々とした青虫の様子。
ある日、蛹になっていく、動かなくなっていく、その変わって行くさまの不思議さと、恐さのようなものとか。
クライマックスを迎え、蝶の美しい、初々しい羽の感じ。

自分の記憶の中に、今も残っている。

なかなか良く出来た観察記録、当時、先生にもほめられたし、母も喜んでいた。
もしかしたら、まだ、実家にあるんじゃないかな〜。
そういう、良い子の私の成果物を母は大事に保管していた。

もう一度、見てみたかった、思春期の日記や作文は、気づいたときには、消えていた。
なぜ、私も、実家を出るときに、すぐ持ち出さなかったのか、わからないけれど。
おそらく、私が、当時の自分自身の気持ち、家族への正直な思いを綴っていたと思う。

私は、いつの頃からか、ああ、自分って芋虫みたいだよって、思っていたような気がする。
実際の芋虫は、逞しく、意外なほどに活発なのだが。
私の中では、のろまで、思うように動けない、見てくれの悪いイメージだった。
小さい頃、家の中で、ぐずら、なんて、呼ばれた時期もあったな。

それでも、やっぱり、いつか、蝶々になれるんじゃないか、と。
いや、自分を蝶にたとえることは、結局出来なかったかもしれない。

ただ、いつか、思い通りに、自由に生きられるのではないか、と漠然と思っていた。

思春期、高校生ぐらいまでは、いつか…と思いながら、そのときどきの感情を外に出す事も出来ず、出せない感情を抱え込んだまま、ぐるぐると堂々巡りの考えをして、布団にもぐったり、ぼんやりと佇むときも多かった。涙を流せたのは、布団の中ぐらいだっただろう。

感情を外に出さない、特に、マイナスの感情は、どこかに飛ばしてしまおう、っていう生き方は、自分を守るために身につけた小さい頃からの癖みたいなものだったけど。

それでも、本を読むときや、楽器を弾くとき、文章を書くとき、私は、自由な気持ちになって、癒されているようだった。その頃、癒し、なんて言葉は、頭にまったくなかったが。

人のためになること、人が幸せになることが、私にとっての幸せだと考えていたし、きっと、それが、私が生きる道だと考えてもいた。

そんな希望を持ち、大学に入ってからは、ああ、私は、変わるんだ、もっと、良くなるんだ、って、自分を励まし、いろんなことに挑戦してみた。
何か、新しいことをすれば、変われるって思ったり。
自分の苦手なことをすれば、欠点が克服出来て、良くなれるって思ったり。
困っている人のために、何か出来れば、自分のことを自分で認められるような気もした。

たしかに、私の世界は広がった。
今まで知らない世界が沢山あって、心も揺れ動き、感動することも多かった。

でも、私は、自分の心の中に、ずっと、溜め込んできた気持ちを正直に話すことは出来なかった。
様々な体験を通して、心は楽しい、嬉しい、悲しい、いろんな気持ちを感じているのに、それを外に出していこうとすると、なんだか、うまくいかなかった。
心の中の重しと、うまく気持ちを出せないやりきれなさに、だんだん身動きができなくなって、自分のことが、自分じゃないような、そんな感じだった。
自分は、本当に、どう思って、生きてるんだろう…、って。

けれど、まだまだ、頑張ろうという自分が居て、周りの人がニコニコしていれば私は安心出来るような気がして、ひたすら他人にとらわれながら、尽くすことで自分を保っていた。

こんなふうに、過去を分析しながら、書いてしまうと、味気ない感じもするのだが、実際は、人生いろいろなときがある。
うまく言葉にならなくても、表現できなくても、なんだか楽しいよ、って思う時間があり。
自分が溜め込んできた感情がほとばしるときがあったり。
理由は忘れたけど、笑い転げるときもあったよ。
絶望、無力感に、圧倒されたとき、涙が止まらないときもあった。
その時々で、一生懸命考えたり、努力したりしてきた。
自分が生き抜くために、したたかさを発揮したときもあったね。

そんな自分、全部ひっくるめて、私の生きてきた歩み、そして、今ありのままの私を、受け入れたとき、私は、蝶々になることは出来なくても、生き生きとした、あの鮮やかな青虫に、なれているみたいな気分になった。
そして、自分の感覚や感情を、心身を癒しながら、感じて、表現する、言葉にする、伝える作業。さらに、自分の感じたことをもとに、物事を考えたり、問題に対処したりする練習を繰り返すプロセスを経て、私は、やっと、自分を取り戻し、自由に羽ばたけるようになってきた。ときどき、羽を休めることも多いけど。

自分を蝶々にたとえるのって、少々気恥ずかしい。
蝶々ほどに、自由は効かないが、ちょっと愛嬌があって、元気に動き回る青虫も、結構、好きなんだ。

でも、やっぱりね。
蝶のように、しなやかに、ゆらゆらと、舞い。
鳥のように。自由に広い空を飛ぶように、生きたい。

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マギーB

Author:マギーB
自然を感じて繋がる、人のハートを感じて繋がる生き方で、丸ごと暮らしていくのが夢。私の夢っていう舟に帆をはろう。好きな絵本「わたしのおふねマギーB」。

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