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高木仁三郎さんの著書を読んで

原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)
(2000/12/20)
高木 仁三郎

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生涯をかけて原発問題に取組み、ガンで逝った市民科学者。高木仁三郎氏が残した最後のメッセージ。原発事故がくりかえされる背景、歴史を検証しながら、これからの科学技術と人間のあり方を考える。


この本と出会えて良かった、と。
一気に読み終えて、今、心に、腑に落ちるものと、響くものが残っている。

3月11日から、2ヶ月が過ぎているが、原発事故の終焉は見通しも立たず、現状への充分な対応もされず、さらに、まだ明かされぬ事実があるのだろう、と疑念を抱きながらしか、ニュースも見られない。

怒りや、不安があるのと同時に、あまりに不可解な状況。

そうした、胸につかえていた、どうにも、わけのわからない、原発問題の根底にあるものについて。
まさに、この本は、書かれている。

生涯をかけて原発問題に取り組み、2000年、ガンで死去した、市民科学者、高木仁三郎氏のラストメッセージ。
本書の最後には、彼自身から「友へ」と題された遺言も納められている。

(目次紹介)
はじめに
1・議論なし、批判なし、思想なし
2・押しつけられた運命共同体
3・放射能を知らない原子力屋さん
4・個人の中に見る「公」のなさ
5・自己検証のなさ
6・隠蔽から改ざんへ
7・技術者像の変貌
8・技術の向かうべきところ
あとがきにかえて


この本を読んで、まず、興味深かったのは、日本の原子力の導入のところから、今に至る、歩みが見えたこと。

そもそも、1954年、東京オリンピックの10年前、突如、閉会間際の国会で、中曽根康弘氏が原子力予算を通したのが始まりだと。広島や長崎への原爆投下から、まだ、10年に満たない、そんな時期に、議論をすることもなく、原子力予算を組んでしまった、ということだから、すでに、そこから大事なものを見過ごしたまま、スタートしたのだなあ、と感じた。

そこから、お国から、仰せつかって、財閥系の大企業が、原子力村と呼ばれる仲良しグループを作って、原子力の開発を進めていく。高木さんは、その原子力村について「議論なし、批判なし、思想なし」と書いている。

結局、その「議論なし、批判なし、思想なし」の姿勢が、以降、ずっと原子力開発の中では、受け継がれている。
そんな中で、原子力開発が行なわれてきたかと想像しただけで、まったく、恐ろしいことだが、もう、そこからの体質なのか、と知れば、現状の根強いどうしようもなさ、も腑に落ちる。

原子力という危険なものを扱っていることへの感覚が希薄で、自覚がない、国家まかせ、無責任。

物理屋さんと、化学屋さんの違いの話しが出てくるけれど、そういう、取組み方の違いみたいなのがあって、原子力屋さんは、物理屋さん。原子力屋さんは、机上で、コンピューター上での計算やシュミレーションは、するけれど、実際に、放射性物質を、自分の体で、扱っていく体験がほとんどない。

だから、本当の放射能のことがよくわかっていない。机上の論理とずれる部分を理解できない。どれくらい、心身に影響があるか、ということも、深刻に、受けとめられない。

化学屋さんである、高木さんは「放射能は計算したより漏れやすい」と書いている。

個人の中の公のなさ・・・という章では、あらためて、「公」の意味について問いかけている。

「公」とは国とか政府のことで、「公共性」とは、国の決めたこと、国の政策、政府の方針に沿ったもの、そういうものだと、勘違されている。これは、とっても、大事な指摘だ、と思う。

本来は、英語で言えば、パブリック。人間の持っている、個人を超えたある種の普遍性のこと。

人が「公」と言う視点を持って、「公共性」を持った生き方をしていく、ということは、人ごとではなくて、主体的に、自分が、人の役に立ったり、地球のためになったりすることに、つながる生き方をしていくということ。

企業の公共性を考えたなら、別個に、社会貢献事業をする、ということではなくて。企業利益と公益を、常に考え、折り合いをつけながら事業を進めていく、というようなことだろう。

原子力屋さん、技術屋さん、企業、そして、それぞれの個人の中に「公」というものが、無くなってしまうと、どこにも、公益を守っていくためのストッパーが無くなってしまう。そこへ、ただ、言われるがままの、没主体性のもと、信じられないような、原子力開発、政策、現場の状況などが生み出されてきたのだろう。

また、原子力は特殊だから・・・という言葉によって、原子力に対して、個々が責任を回避してしまうという、また、誰かが異常に気づいても、特殊だからなのか、と、納めてしまう危険性も書かれている。

このほかに、自己検証のなさや、隠蔽、改ざんについても、以前からの体質として、指摘されているが、今まさに、この大惨事にあっても、こうした体質は改善されていないことがよくわかる。


私の中にも、原子力開発について、批判的な考えや危惧を持ちつつ、でも、もう少し、国も、企業も、きちんと考えているはず・・・というような妄想があったんだなあ、と、つくづく思った。

しかし、残念だけれど、こういう、原子力の開発の歩み、そして実態があるのだということをしっかり見つめなくてはならない、と思った。
妄想だったか、と嘆いていても、前進できない。
ただ、誰かを非難するだけでも、解決していかない。

高木さんが、遺言の中で、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますもの・・・として書かれた、大事故の危険と放射性物質の垂れ流しへの危惧。今、それが、現実に起こってしまっている。

「後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その懸命な終局に英知を結集されることを願ってやみません。」

「私はどこかで、かならず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。」

・・・という彼の最後の言葉が、胸に響く。

高木さんが見守ってくれているのだから、心強いじゃないか。
そんなふうにも思える。

現実は厳しいけれど、希望を持ち続けよう。

この本に出会えて良かった。感謝。

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Author:マギーB
自然を感じて繋がる、人のハートを感じて繋がる生き方で、丸ごと暮らしていくのが夢。私の夢っていう舟に帆をはろう。好きな絵本「わたしのおふねマギーB」。

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